マイオニー・アンチノックス

FIRST STRIKE STILL DEADLY


彼の考えは正しかった。分霊箱を使うってことは誰かが死ななければいけないってことだ。一人で生きることを選ぶって、究極的には一人で死ぬゴールを設定するということだ。彼はそうした。彼がやったのは、一人で死ねる場所を作ることだ。一人になれる場所を作ったということは、つまりそういうことだったんだと思う。たった一人になることで、別の誰かと等しい存在になれる場所。大きさの大小は関係無い。ただAとBだ。Aしかなくて、Aだった、Aの一部であってAそのものでAを構成してた彼は飛び出した。そしてBになった。Aではない、それ故にAに拮抗するBになった。でも彼の計画は頓挫した。でも成功した。たったひとりだけを切り離すことに成功した。その人を一人にすることで、彼は一人になることができた。わたしは思う。彼は一人で死にたかった。でも、誰かと一緒にいたかった、生きていきたかったんじゃないか。一人になりたかった、けれども皆と一緒にいたかった。皆と一緒にありながら、一人でいたかった。いられなかったから。彼はあんなことをした。いたかったからこそ彼はああするしかなかった。彼に聞いても答えてはくれないだろう。でも、あなたの話を聞いてそう思ったんだよ。あなたのことが羨ましい。羨ましいって思ったわ。分かれるつもりはなかったのね。分かるわ。あなただけが孤独な存在としてただ一人、本当にかわいそうだと思った。だから、ほら。わたしにも教えてほしい。滅びの魔法。いてあげるよ。手を繋いで、一緒に唱えましょう。世界の数は不変、定数なのね。半分を独立させる為には半分を殺さないといけない。そうすることでしかあなたの孤独は癒せない。「足すことはできなかった」彼もそう言っていたんでしょう? だから、ね。世界の半分を殺して、彼の意志を継ぎましょう。わたしを切り離して。
あなたから切り離して。


「ねえ、何をそんなにびっくりしているの?」


初めて秘密の部屋に入ったときに全部思いついて計画したような気がする。俺は一人になれる場所が欲しかったそれも真の意味で一人になれる場所。俺が俺である場所。秘密の部屋は優しかったけれどもどうしたって不完全だった。だからもう一つ部屋を作った。俺を迎えてくれた秘密の部屋はがらんどうで、一冊の紙のきれっぱしが落ちていた。そこに書いてあったのは、秘密の部屋の作り方。作った奴のメモ。俺は学んだ。俺は一生懸命に学んで、そこに記してあった魔法書を理解して、継ぎ足して、書き換えた。作った。俺だけの部屋だ。扉の無い部屋。願ったら現れるが、そこに扉は無い部屋を。場所を知る俺だけが入れる部屋。不完全だが、少なくとも俺しかいない部屋。より完全を……、目指す部屋。
ここに入ることができるのは、世界から自分を切り離す勇気を持った奴だけだ。
だが。
それなのに。
誰も入ることはできないはずのこの部屋にこの女は入ってきた。かつて世界を救った奴らの一員。霍格沃茨で一番の才媛。何を欲したんだ。お前の本気で欲したものはなんだ。「事件の阻止を」そう言って俺を見るこの女の目、気に入らない。全く気に入らない。「あなたの論理は分かる」「つまり、気が付いた人間しか入れない部屋」
「入った瞬間に同じになってしまうと気が付いた人間しか」
そうだ。俺の考えた抜け道はそれだ。だから俺は誰にも気付かれないようにこの部屋を作り上げた。皆と同じになるなんて真っ平だ。この部屋でだけ俺は一人になれる。俺は俺でいられる。
誰かが入ってこない限り世界から切り離され、独立性が保障されるのがこの部屋だ。あの世界に馴染めない、俺に馴染めない、あの世界にいる俺をどうしても受け入れられなかった俺が自力で作り出した別世界で避難所で反乱の砦。俺だけの。入ってきたら終わる。誰かが入ってこない限り。覚悟しない限り。
なのに、入ってきたんだな。全部承知の上で、お前は。
「あなたの論理、あなたの理論は理解した。でも受け入れる事はできない」なぜだ。ここにいながらそんなことを言うお前はなんなんだ。気が付いていないだけで俺たちは、奴らは同じものだった。そんな状況にお前は耐えられるのか。気が付いてしまった俺は耐えられない。お前は耐えられるって言うのか。「耐えられる」
しっかりと立って、しっかりと俺の目を見て、しっかりと、言う。言いやがる。
「こんな不幸な思いを抱くのは、わたしとあなただけで充分。他の皆を思えば、わたしは耐えることができるわ」ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。俺は、返事をしない。強制的に全員を違える魔法を、途中だった魔法の詠唱を再開する。見せてやる。一人にしてやる。一人にしてやる。目は逸らさない。見てやる。最後まで見てやる。お前の目を見たまま完成させてやる。その女、妙麗は、妙麗・格蘭杰はゆっくりと手を持ち上げて、杖の先を俺に向けた。冷たい顔で。悲しげな目で。
「強力な制約、それに伴う強力な効果」
杖の先に光が灯る。
「最後に、教えて。どうやるつもりなの」
お前なら分かるだろ。
「分霊箱を応用するのね」
そうだよ。
全員からほんの少しづつ魂を削ってこの部屋に埋める。足すことは諦めた。
「まるで……のように」
なんだって?
「いいえ、なんでもない」
輝きを増す杖の先。もう格蘭杰の顔が見えないほどに輝いた杖の先。
「そうだとしても、わたしたちは生まれ、生きてきた。これからもずっと生きていく。生まれていく。それでも、耐えられないのね」
ああ。無理だ。
「あなたの苦しみが分かる人間が、少なくとも一人はいても?」
……できないな。この部屋から一歩出た瞬間に俺は俺だけのものじゃなくなるしお前だってそうだ。それは嫌だ。それはできない。ずっとこの部屋で生きていくこともできない。
でも。全部知った上で俺を殺そうとするお前は、


絶命した彼を見ながら、断ち切られたことを感じた。もう二度と戻れないような気がした。酷い苦痛を感じて膝が勝手に地面に落ちた。杖を落とし、両手で体を抱いた。秘密の部屋を利用し、分霊箱を応用して、誰も見たことがない魔法を作り上げてまで一つの世界を形成していた人類を暴力的に分割しようとした彼はもう、いない。一人になりたいから、皆をバラバラにしようと欲した。彼は死んだ。一人で死ぬことも許されなかった。世界でただ一人、わたしと二人で一つの完璧な個体になって彼は死んだ。わたしが殺した。まさか、これほどの反動がくるなんて、と思う。涙が止まらない。吐き気が止まらない。全身を切り刻まれるような痛み、悪寒、灼熱の頭痛。この苦しみを世界中の人間にやろうとしたのか。伏地魔はこれを七回もやったのか。
一人になるって、こんなにも辛いことなのか。
ずっと動けなかった。でも、やっと。のろのろと立ち上がって、涙を拭い、部屋を出る前にもう一度だけ彼を見た。
帰ろう、寮へ。
とてつもない喪失感、取り返しのつかないことをしてしまった、という思いを抱え、さよならを言った。部屋を出るときに言った。ただいまの代わりに、世界に。