その間にも空襲は頻度を増す。そのころ闇に瞬く蛍火のような思い出がある。名も知らぬ女性とのしばしの巡り逢いである。その日も理学部の屋上からB29が悠々と飛び去るのを見た。12月13日。帰途、満員の小田急で前に立ったその人の風呂敷包みを持ったのがきっかけだった。片手に鉄カブト、紺のズボンと外套、真紅のマフラ、手編みだという紺の一本縞の手袋。やや年上らしいが、いたずらっぽい瞳と愛くるしい豊頬が眩しかった。和泉多摩川から同じ御茶ノ水の岸体育館へ通うという。偶然だが往復に何度も会い、封切直後の映画「姿三四郎」の噂や、外務省にいる彼女の兄がこの戦争は無意味だといってることまで、交わした会話は昨日のように甦る。だが、あわれ純情の私は、ついに「君の名は」ときけなかったのである。
しかし女嫌いの硬派をもって任じていた私が、恋することのできる男だと確認させてくれたのは、その人だったのだ。その後はからずも何人かの女性を知るようになるが、原点にはいつもその人の面影があった。いまも銀座の街角に立つと、銀座が好きといっていた彼女の幻影が浮かぶ……。
河竹登志夫 − 「東大へ」 私の履歴書 日本経済新聞朝刊 2010年5月10日

ストレンジ・デイズって映画をDVDがまだ無かった時代にレンタルビデオ屋で借りそびれてそれっきり、いま急に見たいなって思うけど近所のレンタル屋でそういや見たことがない。ハート・ロッカーがDVDになったら一緒に廉価版出ないかな。出て欲しいな。
職場が日経新聞を購読しているので適当に読んでますが、これは昨日の。今日の「天才・小平先生」ってのも良かったけれどおおいま河竹登志夫先生なのか女優のは終わったのか昨日のも読まなきゃ、と探し出して読んで、うへえ、といきなり異世界に飛ばされた余りにも素敵だと思った文章が上。そそくさとコピーしちまったよあまつさえまあ、という。演劇を専攻してた友人が先生をつけるので流されて私も先生。演劇概論はその友人が持ってた記憶がある。他のもあるかな。今度借りて読もうっていうかなんというか、小平先生もそうですが上の、なんて若々しい文章か、と思いません?私は思った。あと短く並べた細部の連なりから全体をいきなり艶やかに浮かび上がらせる手法、固有名詞、単語に数百倍の幻想、幻影か、をぶち込む手法、なんかいかにも、演劇というか歌舞伎、逆かも、の人、という感じがする。二度と同じ物を目にする事ができない対象を体系化してきた人、言葉に落とし込んできた人、というか。ねえ。たったこれだけで私はまさにそこにいたかのような、感じる筈のない頭上をB29が飛ぶ屋上の空気、満員の小田急の人いきれまで感じる。凄い。感じたんですよ。まあとにかく、何度読んでもぐっとくる超いい文章です。ぐっと来るのは病気です。ストレンジ・デイズ病です秒速5センチメートル病あるいはワンモアタイムワンモアチャンス病です重症です他にもいっぱいありますとそれは置いといてまじ素晴らしい。超素晴らしいと思う。