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電波的な彼女 ~幸福ゲーム~ (スーパーダッシュ文庫)

電波的な彼女 ~幸福ゲーム~ (スーパーダッシュ文庫)


初めて読んだの20もしばらく過ぎてからだったと思うのにこの小説この巻がいかに自分の骨格と化してたか化してるかって昨日久方ぶりに読み返して改めてびっくりする。当時最強に好きだと思ったのはそこだし今でも今でもだそうだけど「いずれ絶対自分に飽きる」「だからそのときの為に準備しておく」って考えと実践がほんとすげえ。すげえというか好きなんだけど、なんでだろ。あの花を見たのは見たかったからだけど、飽きられたくないから、その人あの人が知らない自分を獲得したいからって転換できる。後付ですぐなるんだよなー。そうだとしても全然良いんだけど歓迎するけど飽きられても良いように準備っていう準備とは違うな。いやでも一緒か。そういう人達がいようがいまいが好きなものだもんな結局って飽きられない為に頑張る。飽きられたときの為の準備って怖くてまだまだかよしとけよできてないけど、自然にやってんのかもしれないけど意識してやるのは相当に辛い相当な覚悟がいると思うのでまだしてないしできてない。のか。あとなんだ、「幸せそうな人を見たらどうすればよいか。祝福すればよい」とかもすっげえ好き。未だ好き。それはできるのでそうだよねーやるよねーて思う。あとはまあ、まだ自分には見たことがない見たいものがある、見たことがなかったけど見て良いと思えるものがあるってのにここまで縋り付くのも近い気がする。本屋に入って何も買わないで出るとかツタヤに入って何も借りないで出るとかしてしまって敗北感というか悲しい気分になるというかそんなんか。とんでもなく悲しい気分に襲われるあれはマジでなんなんでしょうね。誰かとかじゃなく俺ですら俺に興味ないってことになっちゃう、それが分かるからか。俺は俺を諦めたって。