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ラ・ママの魂 演劇界に足跡 エレン・スチュワートさん逝く
ピンターの灰から灰ってのを読まなきゃと思ってたんだすっかり忘れてた。今週末にでも買いにいこう。
随分前に本当に随分前になんでみんな書きたがるんだろうって思ってたことがあって日本の若手演出家とか小劇場というか自作で評価されてる人が同一の作品演出で競う何かがあったら超観たいなあとかそういうの随分前に。まあ何が言いたいかって言うと、自分が出したいものを規準に本を選んで演出するやるって偉いよなって飲み屋で改めて思った数日前。自分で書くのとめんどくささは変わらないと思うけれど、その人の演出が好きならその人が書いた戯曲を読みたい観に行きたいって気持ちもあるけれど、以前思ってたようにまだそっちのほうに心惹かれる感じ。めんどくさい道だと思う。なんだろね。俺はダイ・ハード3が大好きだから同じ脚本でまた映画化しましたみたいな話は聞かない。それくらい考えなきゃできないって感じ。そら惹かれる好きだっていうか。なんつうか。一緒っていうか。以前は書くより演出のほうがいいと思ってたけれど今は優劣ないな。一緒だ。つまりその目的は自分の思想を込めることであって、自分の作品、他人の作品って手段はフラット。手段を選ぶ規準は思想に合致するか、込めやすいか否か。そういう。なんつうか。やっとって言うかまあ。まあやっと。普通のことか。と、飲み屋で酔っ払って中里十とか伊藤計劃とかの話をへらへら喋っててふと出てきた演出家が超羨ましいなって思った話。話してた相手の価値判断を完璧に俺は信頼してるけど、その人がまあかなり評価してるわけその書かない演出家。出したいものが明確にあると。この人のその評を貰うってすげえよって思ったところでイェリネクの白雪姫の奴やって欲しいあれめっちゃ観たいつうかイェリエク観たい。誰かやって。しかし単語一言で言うなら中里十は百合で伊藤計劃は記憶であると思うのだけれどいや出したいもの、その人はなんなんだろう。こんど聞いてみよ。