autumnfoliagebach

なんだかいきなりこの子綺麗だなあ凄いなあと思った子と言葉を交わしてプリントやプリントやプリントってプリント多いねプリントの束を真新しい鞄に入れながらそれはーよいこーとーだーろーと低く鼻歌をんーんーんーと歌ってというか唸ってしまったのでしたがそのときは全く気付かなかったぼくはプリントを入れる作業に一昨日買ったばかりの鞄にうおおこの鞄こんなとこにポケットが、と思い返すと幸せな気分でそれはひとえにあれですあれというクラスに足を踏み入れて入ってちらっと見えて思わず二度見してしまったうわ綺麗と思った子とぼくさっき喋ったんだぜ初日にってそれはそれはんーんーんー「バッハ」ええええぼくプリント入れてるだけなのになんでバカ言われないといけないのモミジちゃんと瞬間情けなく思う思うよだってよく言われるそのたとえばあのそのぼくがなんか気の効いたこと何か、と思って言ったりやったりしてあげたら必ず相槌みたいにしてばっかと平坦に呟き唇を尖らせる幼馴染の女の子はこのクラスにはいません。あれ。そうだそうだいないのにどうしてと心は朝方昇降口のところに貼ってあった外に貼れば掲示すればいいのに掲示板クラス分けの名簿を見て探した朝に探したいや探したんだよそしてしばらくして探し出してああ同じクラスじゃなかったなんだか残念、と思ってたら言われた。ええ言われまして言われましたがなんで言ったんだろういつからいたんだろう横を向いてもうここ何年もぼくの鼻の位置にある絶対言わないけどもう少し近づくとどうしてか上手く言えないし言わないけれどもそこだけはいつも汗をかいたときのモミジちゃんにケーキも売ってるパン屋の匂いを混ぜたような物凄くいい匂いがすると小学生のときから思う小さなつむじを発見して違うクラスだね山村さん、と言いかけてやめる、というのも周囲人だかりだしいつの頃からかいつからだろうか山村言うと怒るその子は名前をモミジちゃんといってマンション同じでフロアも一緒で幼稚園小学校中学校一緒塾も一緒スイミングも英会話もピアノもお茶も空手合気道スノーボード将棋推理SF研究会、だって親同士が仲いいんだもんでそうなんですもんな苗字は山村さんではないモミジちゃんはそうかそうだ山村でや行で探したからあんな時間がってまあそれはいいとにかくいつの頃からかぼくに対する相槌が全部ばっかになってしまったではなくて山村さんと言うと怒る、静かに怒るはっきり拗ねる全然口を聞いてくれなくなってしまうから実のところバカとばっかと言われても特に気にはしないけれども家近いし生まれて最初にできた友達だし毎日会うし放課後も休日も部活動に習い事あそう言えばモミジちゃん何部に入るんだろう会うのだし、でもしかし登下校で無視されるのは嫌なので淋しいのでということはおお幼稚園児の頃から嫌だったのかモミジちゃん山村、そうだ。そうじゃんそうだよいきなり思い出した幼稚園でなんだかモミジちゃんの周りの皆が楽しそうにモミジちゃんのことをやまむらやまむら呼んでいて不思議に思ってみんな楽しそうだなあと思ってぼくも帰り道わくわくとやまむらと呼んでみたら突然爆発的にうわーんと泣き出していきなり走り出して一人で先に帰ってしまってぼくも泣いた。そして帰宅して泣きながらモミジちゃんがやまむらって言ったら泣いたーと泣きながら母親に訴えてそこでぼくは由来を知ったというのも数秒後にインターネットでご本人の画像を見せて貰った母親は見せてくれた。この着物の人なのよ。「ああそっか昨日テレビ出てたのか」と昨日の新聞を見ながら母親は納得した。それを見てぼくも納得して泣き止んだ。うん。理由がわからない、わからないのにとんでもないことをしてしまった理由は分からないのに、というのは怖いことだと高校生になったばかりの今でも漠然と思うのはそのときの幼稚園児だったモミジちゃんのぼくのやまむらに山村に起因していて、だからいきなり後ろから後ろの席からばっか、とあまりに耳慣れた音は呼吸みたいな発音を聞いたプリント詰めていたぼくはもうばっかにしか聞こえなくて内心どもりにどもりながらモ、モミジちゃんなんでここに後ろの席にクラス違うよね隣だよね後ろにもしかしてもしかしてと幸せな想像はあれだもしかして一緒帰るとかそういうのだったら嬉しいなあ春休み挟んでたからなんか久しぶりだなあ、と弱気に弱気におどおどと振り返ったらそこにいたのはモミジちゃんじゃなくてモミジちゃんではなくてってモミジちゃんではない女の子にいきなりばっかと言われたのか言われたのだと思ってぼくは非常なショックを受けたもう立ち直れないと思った思う立ち直れないと思って立ち直れなくてそしてその子はもう一回言った。「バッハ?」あのその怖いですよ口を開くときに微動だにしない体勢が髪の毛が表情が眼鏡が怖いよきみ後ろじゃないよね違うよねプリント配ったときに知ってるよ君ぼくの後ろじゃないよなんでそこにいるのなんでなんでそれにその、なんだか、なんだかって。あれだ。語尾が、その発話の語尾の音が上がったことでぼくはプリントを取り落とした。無視をやめて暴力行為に及ぶ直前のモミジちゃんのばっか?にそれはすごく似ていた。ああ殴られる耳を鼻をつままれる足が鞄が飛んでくる、と思って怯えて「バッ、あ」三度目ばっかと言おうとしたその子は床にはらはらと落ちたプリントを見てしゃがんだのを目の当たりにしてタックル、マウントポジションと否応無く連想して身体が先に勝手にぼくはいつものように反射的に阻止しようと全体重をかけて膝を落とし眼鏡の女の子は予想したかのごとく身体を地面すれすれの低い位置で身体を30度回転させ前に出たばかりで止まらない膝を取り関節を決めながら捻り込みその膝の破壊も目論んだ恐ろしいタックルをついにぼくの膝に、ということはなく、というか、プリントが手から離れたことすら気付かなかったぼくはしゃがみこんだその子のつむじに目を奪われていた。ぼくは、つむじフェチなのかもしれない。つむじってなんだか、風に乗って香るモミジちゃんの匂い、特に強く香る女の子の匂いつむじの匂いをいつの頃からか好きになっていたぼくは、その、でも、あれだ、それは。
いいことだろう?
「あ」つむじ消えた。じゃなくて「あ」と言った言葉を発した眼鏡の女の子は顔を上げて、ぼくを見上げて口元を緩めた。なんだか初めてしっかりその子の目が見えたと思った。そういうお洒落な眼鏡だったからかもしれないけれどもフレームからはみ出した、その、正面から見ただけじゃ分からなかった大きな目をしたその子は言った。また。でも今度はなんだか、それはなんだかとても嬉しそうなやわらかな口調でもって。
「バッハー」
細めた目がフレームの内側に戻ったなあしかししかししかしこれは、人の言葉がばっかにしか聞こえない人に病気に突然なってしまったのかぼくはいやそれはさすがにそれはないんじゃないかなにそれはと思うけれどもやっぱりなんだこれってこの子なにねえこの子眼鏡のこの子ぼくに向かってどうしてずっとばっかしか言わないの。
「バッハ?」
さっき聞いた声、だとすぐに認識してバで分かったよって分かるんだよってしかしなんかもう気分は牡蠣にあたったか貧血か日射病かうううと振り向いて、すっごい綺麗な子がいるなあと思った喋って嬉しかったそれはそれは幸せな気分になったそのクラスメートって本当喋ったの本当?みたいな綺麗なその子がやっぱりそこにいて、視線をぼくから外してぼくの後ろにってやっぱりどうしてみんなこれ病気それとも何かぼく何か
「なんでもかんでもバッハに聞こえる癖直ってないんだね」
あ、え。
「バッハだよ?」
背後から下方から聞こえたその声にいやいやいや、と綺麗なその子は頭を振ってぼくに目を向けて。
「今日雨降ってないけど。会いにいくのってもしかしてあの可愛い子?」
と、先に下校した誰かが開けっ放しにしたドアの隙間越しに廊下をうろうろしながらこっちを、ぼくのことをちらちらと見ている一年生の女の子を、いや、あれはモミジちゃんを。ぼくたちの視線を感じたのか、ぴた、と立ち止まったモミジちゃんはぐいっと首を教室内にこっちに向けてぼくと目を合わせて、あ、言った。
「え。バッハなの」
「ほらやっぱり」
バッハ。なに?と思った。あれはバッハじゃなくてばっかだよ君たちだって二人ともさっきからずっとそう言って。モミジちゃんは顔をしかめて多分、いやきっとそうだあれはモミジちゃん躊躇して躊躇して、くあーという感じで突き上げた左手を振って右手でその左手の手首を、腕時計を指してからふいっと視界から消えた。で、思い出した。言ってた。そうだ今日今からモミジちゃんとモミジちゃんのお母さんとぼくの母親と四人で迎えにくるって車で思い出したそうだ大変だ昼ごはんマズイ今何時だろう。