ぼくは今タクシーの中にいた。試していた。
音楽を聴いていた。
着信。
"Like a bad star, I'm falling faster down to
「ねえ?」……もうどう頑張っても目が覚めない大好きな彼女、というモチーフでぱっと思いつくのは手塚収虫の主人公がタクシードライバーな漫画で、タクシードライバーというか後悔の念で罪悪感と共に生きるドライバーな主人公と言えばさだまさしの償いで、これはあんまり関係ないかもしれなくて好きなバンドで、ミリオンデッドっていうバンドがスミスのガールフレンド・イン・ア・コーマをカバーしている。(あとは、伊弉冉。ぼくは甲賀三郎になったっていい)。で、嗚咽を堪えながら、彼女がもう一本の骨を手に取って口に含んで、犬みたいだ、と思いながら、犬でもいい、と彼女は思い、そうして、見た目が全部真っ白になるまでぼくの骨を含み、堪えきれず、何時間もかけて、唾液が枯れるまで骨が白くなって、味も何も飛んで、涙はとめどなく、ようやく沸騰した鍋の中にぼくの骨を入れるときに、彼女はぽろぽろともう一回泣く。「ほら、料理とかでよくあるじゃない」ぼくの言葉を、彼女は泣きながら復唱する。「「きっとおいしいよ。でももしかして煙草の味がするかもしれないね」」「いいえ」俺は死ぬ、でもお前は生きてくれ、俺を食って生き延びてくれ。チリかアルゼンチン、ラグビーかアメリカン・フットボール部員の彼らは言った、あなたを食べなければわたしは死んでしまう。違う、あなたを食べなくてもわたしは死なない。だから、先輩。「指を一本下さい」彼女は言う。「二十本もあるんだから、一本くらい」ぼくは彼女に指を一本あげたけれど、ゆ、指どうしたの? クラスメートは騒いで、全然知らない人たちが廊下とか、先生とか、全校集会でぼくのことを見てひっそりと噂して、「転んだら千切れた」肩を竦めて、いつの間にかぼくのことは落ち着く。みんなも気をつけたほうがいいよ。自然に。美味しかった?「わかりません」彼女は言う。でも、最後に丸ごと飲みました。だから、先輩の薬指の骨が今でもわたしの胃の中にありますよ、きっと。そう言って、彼女は右手で制服の上からお腹を撫でた。もう牛乳飲まなくて平気ですね、ふふ、あははは、と笑って、ジョッキに口をつけて、ふうと顔を上げるとそこには見たことも無い女の人が座っていて、彼女はちょいと肩を竦め「こんにちは。はじめまして」と口元を上げる。誰この子、あとあの子どこ行ったのトイレかな、と。「××と申します」あの子が使った手拭をチラチラ眺めながら彼女は呟く。「わたしは先日、彼女に、その。でも納得が行かなくて。行けないんです」行き、行く?「はい」彼女は、××さんはいつの間にかぼくのことをじっと見詰めていて、そして「納得を」そうしたら。もう一度。「彼女を、×××を、その後で、わたしを」ああ、それ、どこかで聞いたことがあるよ。それを聞いてぼくは思った。だってもう、こんなのは嫌なんです。急に、そう呟いて唇を噛んだ××さんを見て思った。でも××さん「はい」それを聞いた、ぼくは、××さんを見て、決めたのだった。再び。そう。食べても、いいよ。××さん。でも。「お願いします。その暁には、会いましょうね、また」「え?」だって××さんは、ぼくの骨はもう。「……え?」とっくに。食べたくない。いつだったか、コンロの前で、何も入っていない、沸騰した鍋の前で。彼女は泣きながら言ったのだった。わたしは、あなたを食べたくなんかない。「でも」××さんは、ぼくの知らない××さんは言った。「あの人は、あなた以外の人に食べられたくはないって」ああ、そうだ。××さん。さようなら。さようなら、今夜。××さん。ベイビー。今どこ?「渋谷の、北海道。交差点の、電気屋のとなりの、本屋の上の」ああわかった。あと十五分くらいで着くよ。
……Like a bad star, I'm falling faster down to her
She's the only one who knows, what it is to burn."
「焼酎って言ったら、牛乳ですよね」
うわ言のように繰り返される電話越しの言葉に、その通りだ、と言う。運転手さん、急いで。

Finch - what is it to burn